からだで紡ぐコミュニケーション ~児童自立支援施設での実践~
1999年に発足以来、学校や児童養護施設などの教育・児童福祉の現場で、数多くのアーティストによるワークショップ(ASIAS:エイジアス)を実施してきた、芸術家と子どもたち。その中で、発達障害のある子や虐待を受けた経験のある子など、今の社会に生きづらさを感じている子どもたちへのワークショップの意義というのを強く感じてきました。そうした子どもたちにとって、アーティスト・ワークショップは、何かその後の人生を生きていく上での力になるような体験をつくることができるかもしれない。そんな思いから、今年度より児童自立支援施設で暮らす子どもたちとのワークショップをスタートしました。
今回のコラムでは、2022年10月~2023年1月の全5回ワークショップを実施した「神奈川県立おおいそ学園」での様子を、先生・アーティストとの振返りの様子とともにご紹介いたします。
【助成】公益財団法人ベネッセこども基金
※児童自立支援施設は、児童福祉法第44条に基づく児童福祉施設として、全国各都道府県に58カ所設置されています。各施設では、様々な理由により家庭や学校、地域社会等で生活することが困難になった児童を受け入れ、健全な心身の育成や学力の向上等を図り、社会の一員として自立できるよう支援が行われています。厚生労働省の統計(平成30年2月)によると、全体の約65%の子どもたちに被虐待体験があり、かつ約62%に何らかの障害(ADHDや自閉症スペクトラム等の発達障害、知的障害等)があるとされています。 |
【ワークショップ実施概要】
実施施設 | 神奈川県立おおいそ学園(大磯町) |
アーティスト | 鈴木ユキオ(振付家・ダンサー) |
アシスタント |
川合ロン(ダンサー)<第1,3回> |
実施期間 |
2022年10月~2023年1月 |
参加者 | おおいそ学園で暮らす小学4年~中学3年生 24人 |
■とある回のワークショップの様子
※新型コロナウィルス感染拡大防止のため、実際のワークショップ中は、アーティストも子どもたちもマスク着用で実施しました。
第1~4回は、「小学生&中3」、「中1&中2」という2グループに分け、1コマ(50分)ずつのワークショップを実施。最終回の5回目のみ全員合同で、2コマ(100分)実施。ウォーミングアップから始まり、毎回新しいペアワークをやる時間を設けるなど、子どもたちの反応をみながら、様々なワークを実施しました。ペアの相手の動きについていったり、真似したり、簡単なルールの中で、自然と動きが引き出されていくことを体験しながら、動きの幅を広げていった子どもたち。4回、5回と回数を重ねていく中で、相手の動きをつくったり、自分で動きを考えたりと、創作的なワークにも挑戦しました。毎回必ず、2つに分かれてそれぞれの動きを見合う時間などもつくり、お互いの違いや良さなどに気づき、感想を述べてくれる子もいました。
5回のワークショップを通して、少しずつアーティストと子どもたちの関係も近くなり、休憩時間や終了後の時間には、アーティストのところに駆け寄って、「どうしたら身体を柔らかくすることができますか?」と質問してくれたりと、談笑する様子も。わきあいあいとした空間の中で、それぞれが自由にのびのびと身体を動かす姿を見て、先生方からは「見ていて気持ち良かった」、「感動しました」などの感想もいただきました。
全5回のワークショップ最終回終了後、今回のワークショップを受け入れてくださり、立ち会ってくださったおおいそ学園の先生方3名と、アーティストの鈴木ユキオさん(振付家・ダンサー)らとともに振返りを行いました。
■ワークショップを受け入れた先生方の思い
久保田/芸術家と子どもたち:当団体では、2021年度から「ベネッセこども基金」の助成をいただきながら、児童自立支援施設でのワークショップ実施を考えて活動してきました。これまでいくつかの児童自立支援施設に、ワークショップの提案をしてきたのですが、「やりましょう」と仰ってくださったのは、貴園が初めてでした。受け入れてくださった理由や経緯など、実際に活動をご覧になっての感想も含めて教えていただけますか。
櫻井副園長(以下、櫻井):新型コロナウィルスの影響で、ここ数年外部との交流が持ちにくかったなか、そろそろ外に開いていきましょうという時に、タイミングよくお話をいただけたというのが、今回ワークショップを受け入れた一つのきっかけです。学園内で相談し、「表現する」というところは、普段なかなか授業ではやりにくい部分もあったので、こういったアプローチもありかもしれないということで、お願いさせていただきました。
吉田教務主任(以下、吉田):普段体育で特別にダンスをやっている訳でもなかったので、子どもたちはのってくるのか?引いてしまうのか?どっちに転ぶかな?と、不安もあり楽しみもありというスタートでした。しかし、当日を迎えてみたら、子どもたちが全然嫌がらずにやっていたので、びっくりしたというのが正直なところです。普段の授業では、「やりたくない」という子も出てくるんですが、今回のワークショップに関しては、みんなが参加して、しっかりやっていたというところが驚きでした。「身体で表現する」って難しいだろうなとも思っていたのですが、声が無くても訴えかけられるものがあるというのを目の当たりにして、それが自分の中では新しい感覚でした。きっと子どもたちにとっても新鮮な体験だったと思います。子どもたちは結構みんな「いつもと使う筋肉が違う~」と言ってましたね。
櫻井:子どもたちも、「ここなら自由に表現していいんだ」と感じていたように思います。声は出していないけれど、いわゆる「コミュニケーション」ですよね。相手が何をしようとしているのかを受け取って、自分なりの表現でそれを返してっていう。決して茶化すでも馬鹿にするでもなく、「そんな表現、僕には思いつかなかったよ~」「すごいな~そんな面白いことできるんだ!」って笑いが起きたり、場が和んだりっていう。だからこのワークショップは「コミュニケーション」なんだなって、改めて今日感じました。子どもたちにとってもプラスになった部分も多く、本当にやらせていただいて良かったなと思っています。林先生はいかがですか?
林先生(以下、林):最初にこのお話を伺った時には、本当に大丈夫だろうか?彼らにできるのだろうか?という不安の方が大きくて。でも先ほど教頭が申したように、コロナのことを差し引いても、この学園の子たちはなかなか外との交流が持ちにくい子たちなんですね。ずっとこの学園の中で暮らしていて、月一回お買い物に行くのがとても楽しみっていう生活ですので、当然外から講師を呼ぶというのも難しいんです。ですので、新しいもの、新しい人にふれる機会ができるというのは、彼らにとっても良いことなのかなというふうに思いました。
あとやはり、プロのダンサーの方に接するという機会は本当に無いと思うんですよね。きっと今回の機会がなかったら、一生出会えなかった世界だったかもしれないので。「ダンサー」というお仕事もあるんだっていうことを、一つ学べたのではないかと思います。
見た目では分からないんですけれども、色々と苦手なことがあったり、不調になってしまったりすることが多い子たちなので、活動についていけるのかな?と心配もたくさんありました。でも、彼らは目いっぱい頑張りました。よくやっていたと思います。子どもたちの感想も読んでいただけたらと思いますが、みんな非常に好意的です。5回もあって、最後までこうして続けてこれたのは、非常にご指導が上手だったというのももちろんですが、子どもたちにとてもフィットしたんだと思います。注意されるとか、怒られることに非常に敏感な子たちですが、的確に流れをつくってくださって、すごく良いタイミングで褒めてくださって、声をかけてくださって。最初はかなり不安も大きかったんですけど、今はやって良かったなと。それは子どもたちの感想を見ていただいても伝わると思います。
■子どもたちと向き合ったアーティストの思い
久保田:ユキオさんには、これまで多くの小中学校や特別支援学校でワークショップをしていただいていますが、児童自立支援施設というのは初めてのご経験だったと思います。今回のワークショップを実施するにあたって、ユキオさんの方で意識したことや感じられたことなど、お聞かせください。
鈴木ユキオ(以下、鈴木):自分のダンスは、いわゆるカウントで踊るようなものでもないし、音楽を決まった振付で踊るようなやり方でもない創作ダンスなので、「この子たちとだからこうしよう」というような特別なことはなく、基本的にどこに行っても僕は僕のやり方でワークショップをしています。なので、もちろん、今回お話をいただいて、児童自立支援施設について本を読んでみたり、調べてみたりはしたんですけど、実際に子どもたちと向き合う中で、「こんなワークはどうかな?」「こうしたらいけるかな?」とか、探りながら試しながら、どんな場面でもフラットにやれるようにしていました。先ほど櫻井先生が仰っていた「コミュニケーション」が、結果的に「ダンス」っていう言い方になっているだけだと思っています。
でも今回、先生方が最初の頃、すごく心配されてるのを感じたので…。それはやはり、毎日彼らと一緒に過ごしているからこそ出てくる当たり前の気持ちだと思いますし、でもそれならば、逆に僕は普段の彼らを知らないからこそ、できることもあるのかなと思いながら、子どもたちと向き合っていました。
久保田:これまで、児童自立支援施設の関係者にお話を伺う中で、子ども同士が手と手を合わせて動くなど、ふれあいのワークなどの話をすると、「人とのふれあいに課題がある子たちだから、リスクの方を考えてしまって受け入れられないかも」というようなご意見もいただいたりしました。今回、子どもたち同士がふれあうようなワークも含めて、アーティストのやりたいことを色々と寛大に受け入れてくださったなと感じているのですが、先生方はその辺りどう感じられていましたか。
櫻井:きちんと段階を踏んだワークをしてくださったので、子どもたちにとって、非常に流れが分かりやすかったなと思います。まず、相手と向き合って、相手の動きに合わせて動いてみる。柔道の受け身みたいな感じですよね。投げ技からではなくて、受け身から教えてもらえたので、いざふれあったり、距離が近くなったりするようなワークになっても、相手のしたいことを理解して、「それなら自分はこう受けよう」と、考えながら動くことができたんじゃないかと思います。だからこそ、衝突してしまったり、ベタベタしすぎたりということがなく、活動できたのではないかなと。
鈴木:僕自身、あまり人とコンタクトしながら踊るのが得意じゃないっていうのがありまして、結果的にそれが今回、「相手と適度な距離をつくる」という部分でちょうど良い加減になったのかもしれませんね。
久保田:最初の頃は、子どもたちも緊張している様子が見えたのですが、回を重ねていくなかで、休憩時間にユキオさんたちに喋りかけに行ったりとか、ウォーミングアップの時からもうワイワイ楽しそうにやってたりとか、傍から見てても、少しずつユキオさんたちとの関係性が近くなっているなというのは感じました。先生方の方で、全体を通して、子どもたちの変化など、何か気づいたことなどありますか?
櫻井:2,3回目のワークショップを終えた頃から、「ユキオさん、次はいつくるの?」って子どもたちが聞いてきたりとか、楽しみにしていたみたいですよ。
吉田:最初の頃は、子どもたちも「何をやるんだろう?」というのが分からなくて、戸惑いもあったと思うんですけど、あっという間に、ユキオさんのちょっとした一言でスッと活動に入れるようになってて。不思議だな~すごいな~と思いましたね。
林:子どもたち、ユキオさんたちの動きを本当によく見ていましたよね。ここの子どもたちは、視覚優位の子が多いんです。やって見せていただけたら、それを真似すれば良いんだっていう安心感があるんだろうなと感じました。言葉だけで説明されるのとはやはり違いますよね。
櫻井:言葉で「しなやかに」と言われても、どうやればいいんだろう?ってなってしまいますよね。ワークショップでは、ユキオさんたちがまずやってくれるので、「ああやって動けばいいんだ」って真似することができて、そうしたら、「ああ、“しなやか”ってこんな感じか」…って身体で感じる。ユキオさんたちに、表現の引き出しがあるから、子どもたちもそれを真似しながら学んでいるんだなと思いました。
林:最終回の今日が一番のびのび動いてましたよね。子どもたちも、少しずつ自信がついてきたように思いますし、写真のワークが面白かったって感想に書いてた子も結構いました。
鈴木:トップバッターのI君が張り切って色んなポーズをしてくれたのも助かりました。
林:他の子も、それまで普通に歩いてたけれど、I君の前だけは面白いポーズしたりしてましたよね。そしてそれに一生懸命ポーズを返すI君!
櫻井:普段、小学生が中3に「こんなポーズして」とか言えないですからね。自分がやったことを相手が楽しんでやってくれるというのも、子どもたちにとっては嬉しい経験だったと思います。
■アーティストと出会った子どもたちの思い
最終回の後、子どもたち一人ひとりに、ワークショップ全体を通しての感想を書いてもらいました。感想を書いた紙を先生が回収しようとすると、ある中3の子から「え!生徒から直接ユキオさんに渡した方がよくないですか?」という言葉があったとのこと。「そうだよね、本当はそれが良いよね。でも、先生の方で一度確認しなくちゃいけないからごめんね」と言いながら、先生方の方で回収してくださったようです。そんなふうに思ってくれたその子の気持ちを噛み締めつつ…子どもたちが書いてくれた感想の一部をご紹介します。
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ワークショップ中、先生方が子どもたちと一緒にワークに参加したり、身体を動かしてくださったりしたことも、子どもたちが安心してワークに参加できる場づくりにつながっていたように感じています。櫻井先生、吉田先生、林先生はじめ、ワークショップを見守ってくださったすべての先生方に、この場を借りて改めて御礼申し上げます。「児童自立支援施設の子どもたち」とワークショップをするということについて、これまで関係者の方に話を伺ったり、文献を調べたり、準備を進めてきたのですが、鈴木ユキオさんが仰ったように、どんな場面でもフラットに関わるアーティストがそこにいるからこそ、見えてくる子どもたちの姿もあるのかなと感じました。今回参加してくれた子どもたちにとって、鈴木ユキオさんとの時間の中で何か心に残るものがあったら良いな…と思いつつ、当団体では引き続き、児童自立支援施設での活動を続けていきたいと考えています。